心と体

う・・・ん、それはちょっと・・・

今年(2010年)の7月末に、CMLと診断されグリベックを飲み始めた。

某SNSなどで、患者さんに聞いてみたのだがどうも私ほど副作用が無い方が多いようだ。

先日月に一度の診察だった。

主治医も渋い顔・・・『薬変えてみる?ここまで、副作用強いと厳しいよね。そうなると、まあ休薬ということにもなるし、何が起こるかもわからないから入院になるね。いい方向に行けば、普通に暮らせるかもしれないよ。普通なら、飲みながら働ける病気だからね』

とのこと。

しかし・・・やっぱり一時的にも金銭的な不安がある。3か月後に給与にのっかってある程度は返ってくるのだが、薬代だけで今までの1.5倍・・・。思わず笑っちゃう位の請求額なのだ。

今は、副作用がひどいのでグリベック3錠だからやや安め。(普通は4錠)

本当に、窓口で自己負担分だけ支払うような形にしてほしい。(まあ、レセプトがとおってからとか色々諸事情はあるんだろうけど・・・)これが、生きてる限り今のとこずっと続くのかと思うと、正直しんどい。

これから家かマンションをと思っているのだが、それもちょっと恐ろしい。

病気で苦しんだ挙句に、金銭面まで考えなきゃならないのはどうなんだ???と思ってしまう。

まだ、なんとか飲めてるからいいものの、薬を買うお金がなければ自殺するようなものだ。なんとかならないものか・・・。

話は戻るが、まだMMRに達していないからその時に考える、という結論に至った。

【メモ】

☆現在の副作用

     ・口角炎、頸部・胸部の皮ふ炎・かぶれ・出血

     ・発熱(37度~37.5度位)

     ・疼痛(体全体)

     ・痒み(全身)

     ・頭痛

          ・胃腸障害(便秘、下痢、胃痛、吐き気、嘔吐)

ここのとこ、寒くなってから調子が悪くなることが多い。とりあえず、皮ふの方は皮膚科にかかり、改善した。あとは、体重の増加に困っている。出かけるのは、病院だけなので帰りに何処かに寄り(ショッピングモールなど)出来る限り歩くくらいしかない。筋トレなどは避けるよう言われている。『ウォーキング位 ならいいですよ』とのこと。困ったものだ・・・。

T315Iについて

某SNSで、私がお世話になっている方から朗報(^^)

日経メディカルオンライン

potatinibはT315I変異を持つCML患者にも有効な可能性【ASH2010】

http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/all/gakkai/sp/ash2010/201012/517704.html

私には、かなり難しくて・・・(^_^;)

説明していただきました。

(説明していただいたものを以下に抜粋)します

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~T315Iについての解説~

イマチニブが作用するBCR-ABLというCMLに特有のタンパク質の遺伝子のアミノ酸配列の、315番目のスレオニン(頭文字はT)がイソロイシン(I)に変異したため、分子標的薬が結合できなくなります。"薬の耐性ができて効かなくなる"って事ですね。

その結果、抑えられていたBCR-ABLの増殖が始まり、病気が進行してしまいます。そうなるとイマチニブの増量、ニロチニブやダサチニブへの変更、やがては骨髄移植をも視野にいれる事になるのかな。

T315I以外にも変異するポイントはたくさんありますが(90くらいだったか?)、いま認可されているCML治療薬第一世代のイマチニブや第二世代のニロチニブ、ダサチニブといった分子標的薬はいずれもT315I変異については効果がありません。

開発中の新薬の治験や認可後の薬の経過報告は、毎年6月の米国臨床腫瘍学会(ASCO)や12月の米国血液学会(ASH)でなされます。今回のASHでの報告の「AP24534(potatinib)」や、京大の前川教授・佐賀大の木村教授の「AT9283」などの第三世代がT315Iの変異も抑えられるものとして、ただいま治験中です。

治験(フェーズ)には1,2,3と三段階あり、治験に同意した患者さんに提供されます。
フェーズ3で安全性と効果が確認されれば、新薬として申請、認可され一般の患者さんに提供の運びとなります。

CMLの慢性(CP)期患者の、"T315I変異患者9人全員で血液学的完全寛解、細胞遺伝学的大寛解が達成され、8人の患者は細胞遺伝学的完全寛解"とあります。移行(AP)期、急性(BP)期の方にも安全に効けばいいのですが。

                          (以上抜粋です)

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CMLは、現時点では【完治】するには、移植しかない。

しかし、かなりのリスクを伴う。

いつか、完治する薬なり治療法が開発される事を祈るばかりだ。

また、こういったSNSなどで、多くの心ある方が何の知識もない私に色々と教えてくれる。そして、励ましてくれるのは、本当に有難い。この場を借りてほんとうに感謝いたします<m(__)m>

今までの経緯【現在、CCR(細胞遺伝学的完全寛解)】

これまでの経緯を簡単に・・・。

2009年春より発熱(37度前後)が続く。

2009年11月、体調不良を含め諸々あり、某医療機関を退職。

2010年5月の検診で血小板が異常数値。

2010年7月14日、S病院の総合内科受診察。

2010年7月15日、S病院血液内科受診(マルク)。

2010年7月29日、CML確定。グリベック開始。

2010年8月26日、血液学的寛解。

2010年8月下旬、カルテ開示請求。

2010年9月上旬、N病院へ転院。

2010年11月2日、細胞遺伝学的寛解。

現在に至る。

これはかなり早いペースらしい。

白血球が増える前(血小板が多かったので受診した)だったのが不幸中の幸いだったのかもしれない。

この早さにはM医師も、

『私も長い事、この仕事をやっていますが・・・早いですね。まあグリベックが効いているということなのでしょう』

とのことだ。

副作用がひどい人程、回復が早い(回復・・・じゃないけど)らしい。

しかし・・・未だ副作用はキツイなぁ~^^;

↓参考までに・・・

(以下がんプロ.COMより抜粋)

治療効果の評価方法

イマチニブによる治療が始まると、定期的に血液検査や骨髄穿刺が実施され、その時点での治療効果が評価されます。

慢性骨髄性白血病では、以下のような3段階の効果判定が実施されます。

【血液学的効果】採血をして、白血球・血小板の数を測定します。白血球数や血小板数が正常値となり、脾腫などの症状が消失した場合を「血液学的完全寛解(CHR)」といいます。

【細胞遺伝学的効果】骨髄液を用いて染色体検査やFISH検査を行い、20~100個の骨髄細胞のうち、何個の細胞がフィラデルフィア染色体を持っているかを調べます。フィラデルフィア染色体を持つ白血病細胞が消失した場合を「細胞遺伝学的完全寛解(CCyR)」といいます。

【分子遺伝学的効果】遺伝子検査(RQ-PCR法によるbcr/abl mRNAコピー数の定量)により、10万~100万個の細胞(通常は末梢血を用います)について、bcr/abl融合遺伝子を持つ白血病細胞がまだ残っているかどうかを調べます。bcr/abl融合遺伝子が検出されなくなった場合を「分子遺伝学的完全寛解(CMR)」、基準値の0.1%以下になった場合を「分子遺伝学的大反応(MMR)」といいます。

ただし、本邦の日常診療では上記の検査方法が保険適応になっていないため、Amp-CMLという別の遺伝子検査で代用されています。Amp-CMLで100コピー以下なら「分子遺伝学的大反応(MMR)」が得られていると考えられます。一方、Amp-CMLが50コピー未満(感度以下)であっても、必ずしも分子遺伝学的完全寛解が得られているわけではありません。分子遺伝学的完全寛解の証明にはAmp-CMLとは異なる更に感度が高い遺伝子検査が必要です。

皮膚疾患と痛み

ここのとこ寒くなり始めてから、更に体の痛みがひどくなってきた。

特に朝と夕方以降。
寝る前に、主人にふくらはぎをほぼ毎日マッサージしてもらっている。

あと、特にひどくなったのが皮膚疾患。皮膚が薄くなるそうなのだが、薬を辞める訳にもいかない。
耳の裏はすぐ切れるし、アトピーらしい。
足や指先、手は特にかぶれ赤くなり、血がにじんだりする。腹部の発しんもでたりひっこんだり。
加湿器を二台買い、保湿剤はかかせない。全身が痒くてしかたないのだ。 風呂からでると、全身塗っているが、市販のものではやはり限界があるのかも…。

また、皮膚科にかかるしかないかf^_^;

首や肩が特に痛くて湿布を貼りたいが、真っ赤にかぶれ血が出ている。

もともとアレルギー体質だが、自分でも見るに耐えない。

皆、こんな悩みがあるのかなぁ〜。

さて、また病院…行くしか無いか(*_*)

少しの無理が・・・

昨日、クリニックの帰りに『せっかく出たのだから、(地元では有名な)神社にお参りに行こうか』と、いうことになった。

なんだか、体中に痛みがあるがまたいつこれるともわからないので、少し無理をして行くことにする。

気の持ちようなのだろうけれど、お守りも買い(もちろん健康の)おみくじをひく。『吉』に少しホッとする。一昨年末、2日連続で『凶』をひいたのだ。

病気の欄に『気長に養生せよ』とのこと・・・ま、その通りで(^_^;)

いつも万歩計をつけているのだか、1万3千歩を超えていた。

今朝起きると、どうもおかしい。やっぱり発熱に、体中激痛。

1日無理すると3日寝込む感じ。覚悟しといたので、やっぱりな・・・という感じですんだ。指の爪の先まで痛む感じが、治まったりひどくなったりしている。こんな感じが3日間でだんだん楽になっていく・・・というのが最近の常だ。

昨年退職したので、明日の心配はないのだけど。

あと2日、ゆっくり休ませてもらおう。

グリベック服用28日目

(グリベック服用から28日目)

昨日は、すっかり夕方から熱を出し、動けなくなってしまった。

花の水遣りと、夕食のしたくと、洗濯物を干しただけなのに・・・情けない。

ここのとこ、朝まで眠れずいたからかもな~(睡眠は4時間前後)

シチューを作るのに普通30分程度(なのかな?)しかかからないのに、3時間かかった(;_;

立っていられない。ひとつ作業しては、ゼイゼイいって横になり、また何とか起き上がっては、キッチンへ、と言う感じなのだ。ここまでとは、なぁ~《いつになったら楽になるのかわからない》というのが、一番堪える。

しかし、グリベックがなかった頃CMLになった人は、もっと大変な思いをしているらしいし・・・この程度の副作用、たいしたこと無いらしい。

夕方4時、まったく動けず。

なんだか、おかしいな・・・と思ったら案の定熱が上がっていた。


ずっと、寝ていても気が滅入るだけだし・・・だから、夜も眠れなくなってしまったのかも(ーー;)

最近、1ヶ月近くたってやっと、実感が出てきた。

【血液の癌か】・・・。>
まさか、自分が30代で白血病になるなんて、思っても見なかった。

グリベック等の登場によって、飛躍的に治療法は進歩した。

しかし、やっぱり思う。

『あと、私は何年生きられるんだろう』

これから、家を買い、陶器の窯を買い、念願のワンコとの生活を夢見て物件をまわっていたのはつい1ヶ月前の事だ。何か、体がおかしい。
そうは、思っていたけれどまさか・・・こんなことになっていたなんて。。。

とりあえず、その為の貯蓄があったから、この治療費が生活を圧迫しすぎる事はないのが救いだ。
外来治療だから、保険もおりないし、不幸中の幸いなのかもしれない。

さて、今日は主人が夜勤勤務でいない。
長い夜になりそうだ。

でも、電気を気兼ねなくつけていられるのは、少しほっとする。

・・・1年後、私はどう過ごしているんだろう。

その為の、日記でもある。

笑っていたい。

せめて、日常生活に困らないでいたい。

『あの時は、辛かったな~』

と、笑って振り返りたい。

★★★━━━━━★★★━━━━━★★★━━━━━★★★━━━━━★★★★★★━━━━━★★★━━━━━

(8月24日)
・発熱の為(追加分)

     (屯服)ロキソニン1錠(発熱の為)
         ミオナール1錠(体の痛みの為、筋弛緩剤)

私の世界が変わった日

それは、2010年7月29日。きっと、この日を私は生涯忘れない

その日を遡る事、2週間前骨髄穿刺(マルク)を受けた。
7月14日初めて、その地域では大きな病院を受診した。

3月あたりから、微熱が続いていたからだ。その前の年からどうも、微熱が続くことが多かった。しかし、たいした熱でもないし、色々な事がりきっと疲れているのだろう・・・と思っていた。
義父から、どうしてもと進められ病院へ行く事にした。

その日の総合内科(まずは、ここにかかるらしかった)の担当医は、教授で若い医師が隣に座っていた。
本当に、ひどい内容の診察でとてもここには書けないが失礼なモノイイをする人間だった。

『やっぱり、来るんじゃなかったな』と、思いつつ
熱を測ると《36.9度》だった。

『36.9度は、熱ですかぁ~』と、さも馬鹿にしたように教授は私を覗きこんで薄笑いを浮かべていた。
《この程度の熱如きで、病院にくるんじゃない!》といった風だった。

他のクリニックでの、血液検査の伝票をみせたが、
『全然、問題ない、関係ない項目だ』と、取り合ってもくれなかった。

しかたなく、精密な血液検査をし帰宅。
こんな嫌な思いをしたのは初めてだ、とイライラしていたら熱が出てきた。

横になり、うつらうつらしていると電話が鳴る。やっと起きて出ると、隣にいた若い医師からだった。
『コトノハさんですか?今、血液検査の結果が出て・・・』
あきらかに、あわて動揺している様子の医師は、こう続けた
『数値が異常なんです。特に血小板の数値が・・・なので、出来るだけ早く精密検査に来てください』
と、息を荒げ話した。

教授に前回の検査結果も、結構ひっかかっていた事を告げたはずだ、と言うと『いや、僕は知らなかったんです。教授はみてたんですか?』と、なすり付け合いだ。

そして、翌日骨髄穿刺(マルク)を受けた。痛みはなんとか我慢するが、気持ち悪い。

そして、2週間後がやってきた。

なぜか、その日は診察室の前でかなり待たされた。

『もしかしたら・・・何かみつかったのかも・・・』
と、思ったがその選択肢の中に【白血病】という文字は無かった。

やっと、呼ばれ血液内科の医師は、しばらく資料や伝票をみながら

【慢性骨髄性白血病です】

と、いいながら紙の裏に【CML】と大きく書いた。

主人も、私も言葉無く、天を仰いだ。

『詳しい事は、おいおい話しますが・・・ネット環境があればしらべてみてください』と、だけ告げ
検査の結果をプリントしたものを渡された。

『まあ、今はいい薬もありますし。・・・この状況で見つかるのは、めったにないことです。少し高い薬ですが、この薬さえ飲んでいれば大丈夫ですよ。』

『それは、ラッキーだった、ということなんですか?』

『まあ・・・そういえば、そうともいえますかね・・・。10年、20年前なら、即入院、即移植でしか助からなかった訳ですから』

『そうですか』
と、言うのが精一杯だった。

その時の私には、それは【死刑宣告】にしか、すぎなかった。

【あと、私は何年生きられるんだろう。やっておかなく

ちゃいけないことがまだまだあるのにな・・・】

病院からでると、緑がむせ返るようにあおく湿気を帯びていた。

さっき、来るときに観た景色と同じなのに、全くそこは別の世界だった。

あと、どれくらい?私の人生は、残されているんだろう?

そういうことも出来ず、主人も黙り込んでいた。
なにしろ、相手のことは何もきかされてはいないし、これからの闘いのことまで考える余裕も無かった。

あの日から、26日。

そして、考えていたよりずっと、その副作用は壮絶だった。

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